中断

A:「永遠に中断すると思いますが。」
M:「まぁ、それはそれとして、もっと安上がりのを作ろうと思っておる。」
A:「何ですか、それは?」
M:「その昔、かのアインシュタイン博士が思考実験に使った、光の箱だ。」
A:「物理学者は箱が好きみたいですね。」
M:「その点では、愛酒タインと同じだよ。
  君はもしかして、光の箱を知っておるのか?」
A:「いぇ、知りません。」
M:「では、少々説明が要るな。
   時間はあるかね?」
A:「今日はこれから用事があります。」
M:「では、明後日の同じ時刻にここで会うことにしよう。」
A:「わかりました。」

金額

A:「装置は出来上がっているんですか?」
M:「設計段階は終わっておるが、何せ金のかかる代物でな。」
A:「いくらぐらいですか?」
M:「具体的に見積もったところ、10の58乗オーダーとなった。」
A:「そうですか。」
M:「なんだ、驚かんのか。」
A:「僕は今、天文学科に在籍しているので、大きな量の扱いには慣れてますから。」
M:「それにしても途方もない金額だ。」
A:「借金で工面できるような額じゃないですね。」
M:「君から借りようとは思っておらんから安心しなさい。
   この計画は、一時中断している。」

ブラックホール

M:「久しぶりだな、君に会うのは。 
   愛酒タインは元気にしておるかね?」
A:「ええ。」
M:「ワシも歳をとったせいで、君の名前を思い出せん。」
A:「知らない方がいいですよ。
   ところで、今は何をやっているんですか?」
M:「よくぞ、訊いてくれた。
   ミニチュアのブラックホールを生み出す装置を設計したんだ。」
A:「ブラックホール?」
M:「君が知っとるか知らんかは知らんが、原子核には陽子と中性子があって、さらにその中には謎のモノが入っておるのだ。」
A:「クォークのことでしょ。」
M:「そんな名前をつけて知ったかぶりをしている連中もいるが。それで理解したことにはならん。」
A:「クォークを単体で取り出した人はいないと聞いてますが。」
M:「その名前は止めて、君に分かりやすく説明すると、陽子や中性子には、
   ヘビとカエルとナメクジが1匹ずつ入っておるのだ。」
A:「まさか。」
M:「異論はあろうが、まぁ聞きタマエ。
   ヘビとカエルとナメクジは、隙あらば外に飛び出そうと狙っておるんじゃが、お互いに目を光らせているので、そう簡単にはいかん。」
A:「その3匹を閉じ込めているのは、何ですか?」
M:「それは、距離が遠くなるほど大きくなる力で、これを利用して時空に風穴を空けようってワケじゃよ。」

先生

・C:「やぁ、君か!」
 A:「いつも忙しそうだね。今は何やってるの?」
 C:「この先生に物理を教えてるんだよ。」
 A:「センセイ?」
 J:「コンニチは。」
 C:「数学科の大学院生で、僕の家庭教師なんだ。」
 A:「どうみても10歳くらいにしか見えないけど。」
 C:「学問に年齢は関係ないさ。
    こちらは天文学科の学生で、未だにローレンツ変換にハマってるヒト。」
 J:「将来、テンモンガクシャになるんですか?」
 A:「そうとは限らないけど。」
 C:「この先生は物理が大の苦手らしくて、僕がお返しに教えてるのさ。」
 A:「ギヴ&テイクって訳か。」
 C:「それと、世間の事情には全く疎いのと、全ての数式が、この世界で現実に存在すると思っているんだ。」
 A:「全ての数式が、この世界からなくなってくれたらと思ってる僕とは大違いだ。」

弁明

M:「おゃ、君もこの店でキャットフードを買っておるのか?」
A:「ええ。」
M:「愛酒タインは、なかなかのグルメのようだ。」
A:「あなたは何を買いに来たんですか?」
M:「勿論、キャットフードだ。」
A:「ネコを飼ってるんですか?」
M:「この前、君に言われて少し反省しておるんだ。君のように猫の気持ちを理解するには、先ず、飼ってみんことにぁ〜、分からんからな。今まで犬しか飼ったことがない。」
A:「そのネコの名前は何というんですか?」
M:「和飲バーグだ。これがまたよくメシを食うんだよ。 では、ワタシは先を急ぐのでこれで失敬する。
   あ、それと君に1つだけ弁明しておくが、愛酒タインを別の世界に送り込む実験に成功したら、次はワタシもそっちの世界にいって一緒に静かに暮らすつもりだったんだ。」
A:「・・・(静かに、ときたか)。」

A:「もしかして、隠れた変数は光速cのこと?」
G:「慣性系では真空中の光速cは一定ってことになってるわね。
  仮に真空の屈折率nが1より大きくなったらどうなる?」
A:「光の速さはc/nだから遅くなる。
  時間の進行する速さがcより遅くなれば、超えられるかも。」
G:「固有時間τの間隔は、
   c・dτ=dt・√(c^2−vi・vi)
でしょ。」
A:「固有時間なんてイカメシイ名前だけど、要するローレンツ変換で変わらないようにγの逆数を掛けて補正してるだけだ。」
G:「質量の足かせをつけられてる君は、いくら頑張ってもcを超えられないから、
  dτ>0となる。
   アインシュタンは冗談まじりで、時間は全てのことが同時に起こらないために存在する、といってたわ。」
A:「光陰は、文字通り光の如し。
   x0=v0・tで、時の速さv0が光速cと一致しているのは偶然なのかな。
   屈折率1はcに掛かっても全く隠れたままだ。」

古典

G:「星占いの腕前は上がった?」
A:「ぼちぼち。」
G:「最近何やってるの?」
A:「波動関数の確率解釈についてだよ。」
G:「それって古典的解釈のこと?」
A:「古典?」
G:「歴史学習の時間で教わったところによると、君の時代の量子論では、未来から過去への干渉を防ぐために真空に揺らぎがあるとして、確率性が与えられてるのよ。」
A:「真空の揺らぎ?」
G:「隠れた変数が仮にあったとしても、誰にも手出しができず、制御不能なのと同じことよ。」
A:「最近、聞いたような・・・?」
G:「特殊相対論では、因果律が破れないように光速の壁が守っている。君も知ってるように、慣性系同士で真空中の光速値は一定で、この場合に確率性は不要なのよ。」
A:「因果律と光速の壁?」
G:「いずれの理論でも、真空の不可知性を認めることで成立してるワケ。」
A:「不可知性?」
G:「だれも真空の裏にある変数の値を変えられない、ってことよ。この変数は神様しかいじれないからってことで。 特殊相対論は、それを断念するところから出発したんだったわね。」
A:「どこの神様?」
G:「因果律を破る変数が発見されたら、2つの理論はともに破綻するわ。」
A:「君の時代の波動関数は古典的じゃないの?」
G:「そう。わたしの時代には真空の構造について、かなり分かってるから。波動関数なんて言葉自体、とっくに廃れてる。」
A:「どういうこと? 真空は何もない状態じゃなくて、何かがあるってこと?」
G:「これ以上のことは教えられないわね、過去への干渉になるから。」 
A:「よくいうよ、僕の世界には十分すぎるほど干渉してるくせに。」